以下の文章は社団法人 日本ピアノ調律師協会会報に投稿された文章を一部変更したものです。ピアノ調律師を対象に書かれた文章ですので、一部専門用語やわかりにくい表現を含みます。ご了承ください。文責・尾崎
ピアノが語ってくれたもの-その1
整調(ピアノアクション調整)の必要性について
Q.最初に整調の必要性について話を伺いましょうか?
A.はい。原点に立ち返るという意味で「整調の必要性とは何ぞや?」と自問しました。 1.耐久性の向上 2.機能を十分に発揮させる 3.魂を入れる作業 と考えました。ただ、この時に考えれば考えるほど一つの疑問が湧いてきました。それについては後ほど触れます。
Q.「耐久性の向上」となると各部分のねじ締めやハンマー間隔、潤滑等が考えられますが。
A.はい。雑音処理やセンターピンの特にガタ。ハンマーでは第一整音や三弦合わせも入るのではなかろうかと。
Q.「機能発揮」という意味は?
A.各メーカーには基準となるべき寸法、角度、重さ、強さ、抵抗等が若干の幅を持って決められています。私の経験上メーカーの打ち出す基準寸法は最も無難かつ正しいと思います。その若干の幅の中で奏者の好みや使用状況にあった基準を選択し、88の鍵盤をより均一にすることです。この時に重要になってくるのが接触部分の摩擦条件と部品の緊張条件。そして、水平条件の三つを整えることです。口でいうのは簡単ですね。(笑)
Q.ここで既にキリのない作業といえますものね。三番目の「魂を入れる作業」とおっしゃいましたが、演奏者にしかられませんかね?「ピアノに魂を入れるのは我々の作業だ」と。
A.そう。ここで先ほど話した、疑問が湧いてくるのです。この段階にくると一般的な整調という言葉の範疇を超えているような気がします。つまり「音はどうなっているの?」「誰のための整調作業なの?」という疑問です。同様に調律についても極めれば極めるほど疑問が出てきます。国が違えば使用言語も異なることが多い。そうすると、音の聴き方の違いがあったりして・・・。
ピアノが語ってくれたもの-その2
耳がものさし
Q.「整調とは演奏者の自己芸術表現のためのパートナーとしての基礎づくり」と以前の資料で表現されていましたね。整調の最終目的はタッチと音を良くするということですよね。
A.はい。そうだと思います。私が21年前当時西ベルリンのベヒシュタインピアノ工場で学んだことで、最も価値があったと思えるのは、「耳がものさし」だと確信できたことです。建前ではよく聞く言葉でした。しかし、肌で感じたことは当時の私にはとても重要でした。とてもうれしかった。「そうだよ。楽器だから何よりもまず音が命でしょう。」とね。ただ、それは恐ろしいことでもありました。私の顔の両側についている耳が出発点であり終着点であるから。これって本当に恐いことですよ。例えば、ピアノはヴァイオリンに比べて部品が非常に多いですね。だから調律師は、均一にする反復作業にエネルギーを使い果たしちゃう。その先に演奏者にとって重要なタッチや求める音があるわけです。何時間も行った作業の結果、「音はどうなったの?」こうなると整調という言葉ではくくれなくなってきますでしょ。
Q.当然、楽器自体のクオリティーや整音、調律。部屋の音響や管理、使用状況も影響してきますね。
A.そうですね。それらを仮に出来たこととして考えましょう。演奏者と調律師の求める音も同じだとして、目的は一致しているのにアプローチが異なるという疑問、違和感かな?を感じてきました。
ピアノが語ってくれたもの-その3
異なるアプローチ
Q.アプローチと言うと? A. 例えば調律師の立場は、ピアノというハードと演奏者というソフトの間に位置すると思われるのですよ。修業時代、主に学んだのは当然ながらハード側からのアプローチが多かった。ピアノの弦設計やインハーモニシティー。適材適所、部品の製造及び修理方法などです。また、有名メーカーの製造方法や整調作業方法、使用工具等も学びました。修業時代の記録ノートを読み返してみると、ここまで教えてくれていたんだと改めて感激したくらいです。
Q.それだけ忘れてしまっていた?(笑) A. はい。経験が浅いと教えられていても理解できないってことが多いことに気がつきましたね。もちろん、ハード側からのアプローチは調律師にとって最も価値のあることでしょう。 その後、音大やホールで仕事をするようになって、ピアニストや音大生と交流を深めるうちに、彼等は調律師にいったい何を期待しているのかを考えさせられましたね。
Q.ほう?それはいったい何でしょうか? A.一言で言うと、奏者は調律師の作業に楽器の全能力を引き出すことと、全体のバランスをとることを期待されていました。言葉で言うと簡単ですが、どこまでの次元を求められるかを考えると、きりのない世界ですね。基本的に演奏者のハード的なアプローチは鍵盤を押すエネルギーとしてピアノに入って音として耳や振動として再び指に戻ってきます。つま先やお尻にフィードバックする方もいらっしゃるかも?(笑) しかも、それ以前に楽譜や演奏表現というソフトが存在するわけでしょう?
ピアノが語ってくれたもの-その4
弓
Q.本来、ピアノとオルガンを除いて自分の楽器の調律は演奏者自身が行いますものね。つまり、調律師はもっと演奏者に歩み寄り気持ちや要求を理解する必要があるのでしょうね。
A.そうですね。演奏者の求めるところのタッチの種類と音色の変化をとにかく理解することだと思います。 さて、ヴァイオリンの話をしましたが、調律師やピアノ製作者のアプローチはヴァイオリンの本体のみに注意が行きがちなことを感じていました。これはこれで正しいのですが、演奏者のことを理解すればするほど弓の部分の重要性を考えることになりました。ヴァイオリンは本体とともに、弓も重要で良いものは高価だと聞いております。ピアノにおける弓の部分は一体どこに当たるのでしょう。
Q.それが整調と言うことでしょうか?
A. そうです。ヴァイオリンの弓に当たる部分はピアノアクションでしょう。またその、80%くらいの重要性を鍵盤部分が占めると思います。また、各セクション間の接点部分(ベッティングスクリュー・キャプスタン・ローラー・同時打弦等)も指に感じやすい部分でしょう。
ピアノが語ってくれたもの-その5
鍵盤はカートリッジ?
Q.調律師の意見の中に「整調全項目を行なうとすると一日では終わらないし、鍵盤ならしを完璧にやってもほとんどタッチは変わらないので、ファイリングとハンマー接近・スプリング調整ぐらいしかやっていない。」というものがありましたね。
A. そうですね。気持ちは分かります。しかし、鍵盤ならしを完璧に行なったら、一見タッチに大きな変化がないようでも、演奏者の出す音は劇的な変化をします。
Q.タッチの信頼性が増すことで演奏表現の幅が増えると言うことですね。
A. そうです。たとえですが、ピアノをひとくくりでとらえず、調律師の作業も含めて3つに分けて考えてみましょう。 1. 鍵盤部分(キーベッド・オサ・フロント&バランスピン&キャプスタン等の摩擦調整も含む) 2. アクション部分(ウィッペン・ハンマーのからくり・同時打弦・整音等も含む) 3. 本体部分(ボディー・調律・ダンパー・ペダル等も含む) 特に鍵盤部分はオーディオで言えばカートリッジでしょう。アクション部分はアンプ。本体部分はスピーカーに例えられるでしょう。
Q. なるほど、じゃあ、ピアノの弦はヴォイスコイルかな?(笑い)
A. (笑)そうでしょうね。オーディオでアンプやスピーカーをいくら良くしても針がトレースしなければ奏者(レコード)の意志はしっかり伝わってこないわけです。鍵盤調整こそ音の入り口で最も重要な部分といえるでしょう。
ピアノが語ってくれたもの-その6
調律師の立場
Q.演奏者と同じ視点でピアノを感じてみることが重要なのですね。
A. そう。演奏者と同じ道のりでピアノを感じることでしょう。そうすれば目の前にあるピアノのどの部分の調整が最優先か分かりやすくなります。調律師が限られた時間で行なう作業の指針となるわけです。調律師が行う作業は大きく3つに分けられます。
Q.「調律・整調・整音」ですね。
A.そうです。この「調律・整調・整音」というくくり方はピアノ製造者の立場からのくくり方です。作業をする立場はこれでいいのです。しかし、演奏者からは感じづらい。調律師が作業した後の音の変化が調律から来るのか?それとも整調から来るのか?
Q.つまり、全ての作業が大なり小なり音に影響しているわけですね。
A.そうです。調律師の立場がソフト(演奏者)とハード(ピアノ)の間に位置すると考えるならば、両面からのアプローチが必要と言うことでしょう。演奏者にとって音の入り口の鍵盤調整をしっかり見ることがいかに重要か分かっていただけたと思います。
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